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「はーい!私は地葉やふる様が主催する「七色のシルクロードアリス 偽サイト」の看板娘の 「Mima」でーす!ここは私が案内するわよ~!
えっ?案内しないって?そんなぁ~!
一時間のジョギングを終え、軽く息を切らした長谷川亮太はタオルで汗を拭きながら家に戻った。玄関の扉の前で手を翳した。
『扉は既に解錠済みでございます、ミリア様』
合成音声が言った。長谷川が怪訝そうにドアノブに手をかけると、扉は何の抵抗もなく開いた。出て行く際に鍵を閉め忘れたのだろうか。ふとそう考えたが、確かに鍵を締めた記憶があった。
長谷川は警戒しながら部屋に入った。リビングに人の気配があった。息を殺し、ゆっくりとリビングのドアを開けると、そこには長谷川祐太がいた。
「あっ、お邪魔しているよ、兄さん」
「……はぁ」
「フフ、改造済みのこの体に並みの攻撃は通用せんぞ!」
その後も唐澤は打撃を放つが、やはり洋には通じていない。おまけに洋の打撃は、重いダメージとして唐澤に圧し掛かっていく。戦闘不能までまだ時間はある。
「今度こそお前を捻り潰してやる!」
まるでプロレスラーの様に、洋は腕を開いて構える。打撃で勝てないと唐澤は判断し、光の矢を取り出した。
「ぬお、それは……!」
始皇帝は言った。「死より恐ろしい物は無い」
得体の知れぬ存在は夢幻か……。桜散る、冥土の士産は阿片。
常識を疑え、常識を疑え、常識を、信じるな。
蒼い眼を啄む黒い鴉と、拍手喝采怒号の渦中の鳥人間の唯一の解は、物故。
常識を疑え、常識を疑え、常識を、信じるな。
君は馬鹿じゃないだろう?僕もそうさ。あの森の女とは違うのさ。
想像力は常識の再構成さ。本当の無為なんて老子も知らないのさ。
常識を疑え、常識を疑え、常識を、信じるな。
君の思う無学は全く常識に被れた結果だな。
妖怪?今時非常識な。彼女は魔女じゃなく正真正銘の人間だったよ。
今住んでいる魔女は偽物だよ、いや魔法使いとしては本物みたいだけどね。本物の彼女が今何処に居るかは、僕も分からないよ。
その中に描かれていたのは、どれも少女の肖像だった。
巫女の絵が多い。金髪の巫女、三日月を背負った巫女と続き、長谷川が惹かれたのはティーカップに口づけている巫女の絵だった。どこか千尋に似た少女が、赤紫色の背景の中、チェアに腰掛け目を瞑ったまま紅茶を愉しんでいる。辺りには霊魂の様な物が揺れていた。
しばらくの間、吸い込まれる様にして長谷川はそれに夢中になっていた。理由は分からなかったが、何故だかひどく懐かしい気がしたからだ。
そうして時間を忘れていると、唐突に絵の中の巫女がぱちりと目を開いた。
長谷川の方をじっと見つめていたかと思うと、驚いたように彼女は二度三度瞬きをした。ずず、と顔がこちらに向く。磁石に吸い寄せられた砂鉄みたいに、キャンバスの表面に後を残して絵の具が動いていた。
巫女は僕等をちらっと見ただけで踵を返して部屋から出て行こうとしていた。僕はその肩を掴んで必死で引き留めた。この時の会話はよく覚えている。
「どうして僕を殺さなかったの?」
彼女は軽く振り返って「貴方が人間だったからよ。私は人間を殺すように頼まれてないもの。もう、何処に行ってもいいわよ。この先は私の知った事じゃないもの」と言った。
誰に頼まれたのか。そう考えるだろう?
「決まっているじゃない」
――風呂場。
「お昼からお風呂ってのもいいものナリね~。亮太少年がいるってのが高ポイントナリね~」
エコーのかかった尊師の声に応えるのはいつもよりも激しく髪を洗う音であった。
「待っていたらのぼせてしまうかと思いましたナリよ~」
非難の意味合いが全く含まれていない言葉が響く。
「だって恥ずかしいンゴ……」
尊師の近くに寄りながら恥ずかしそうに呟く長谷川。
「恥ずかしがることはないナリよ。亮太少年はこんなにも可愛くてきれいナリですから」
抱き寄せながら囁く尊師。嬉しそうで恥ずかしそうな表情を浮かべながら身を任せる長谷川。
顔が見えないよう後ろから抱きしめてもらう。
「リラックスした表情を見せてくださいナリ」
ゆっくりと髪を梳きながら呟く尊師。
長谷川がこちらを向くとは思っていない口ぶりではあるが、嬉しそうに眼を細めている。
「……いいンゴ」
「当職はさみしいナリけどね」
決して寂しさを感じさせないものの、聴く者によってはどこか寂しさを感じる声色である。
「…………後ろからぎゅうってしてもらうのも好きンゴ」
何もかもが寝入る深夜。日はまだ顔を見せていない。
キラキラと光輝く夜の街。それを一望できるビルの屋上に彼らはいた。
黒いローブを靡かせフードを被った二人の男女。
「……あと五日か。けっ、結構遅いもんだなァ」
大柄の男性が呟いた。
「ねえ、コリブリ。これからどうする?」
次に口を開いたのは小柄な少女だった。
濃い桃のセミロングを靡かせ、青緑の目を輝かせた……
それでもって黒く濁った白目と右目の下に走る赤黒い線が彼女を“あちら側”である事を証明していた。
「俺はコリブリじゃねぇ」
コリブリと呼ばれた男性が即座に否定する。
「そうだったっけ?クリキンティ」
「覚えてるなら最初から使っとけ。レア」
レア――――そう呼ばれた少女は顔を笑顔から不満そうな顔に変えた。
「えー?だって、ハチドリじゃん。アンタ」
「ああ、そうだけどよぉ……」
コリブリ、もといクリキンティは右腕を眺める。
そこには痣が浮かんでいた。
―――Chapter Prologue-LIVEより